教員の懲戒権と体罰の区別の基準はいかに。広島地方裁判所福山支部2025年7月11日判決

暴れる男子児童を羽交い絞めにしたことが暴行罪に当たるとして起訴された男性教諭(37歳)に対し、広島地裁福山支部は、2025年7月11日、無罪を言い渡しました。2週間の控訴期間内に検察庁が控訴せず、教諭の無罪が確定しました。判決言渡期日の直後のため判決文は未公刊ですので、報道を元に考えてみたいと思います。

【事案の概要】2024年5月10日、教諭は勤務する小学校で、掃除時間であるのに校庭でボールを蹴って遊んでいた小6の児童に注意しました。児童は逃げ回りましたが、教諭は左腕をつかむなどしてつかまえました。ところが、児童が教諭の足を蹴るなどして暴れたことから、教諭は児童を羽交い絞めにして制止しました。検察庁は本件羽交い絞め行為が暴行罪に当たるとして略式命令を請求し、福山簡裁は罰金10万円を言い渡しました。しかし、教諭はこれを不服として正式裁判を請求し、広島地裁福山支部で審理が始まりました。

【争点】犯罪は、①犯罪構成要件に該当し、②違法性があり、③責任があるときに成立します。暴行罪の暴行とは有形力の行使を意味し、これがあれば①の犯罪構成要件を満たします。本件羽交い絞め行為は有形力の行使に当たりますから、暴行罪の犯罪構成要件に該当します(この点は争いがありません。)。問題は②の違法性があるか否かです。違法性阻却事由(いほうせいそきゃくじゆう)の典型例に正当防衛があります。正当防衛が成立すれば、たとえ犯罪構成要件に該当する行為があったとしても違法性はなくなり、犯罪は成立せず無罪となります。違法性阻却事由には他に、正当行為といわれるものがあり(刑法35条)、正当行為に該当すると違法性はなくなり無罪となります。もしも本件羽交い締め行為が、教員に認められた懲戒権の正当な行使(学校教育法11条)に当たれば、正当行為となるので暴行罪は成立しません。こうした懲戒権と体罰との区別の基準が本件の争点として争われました。

【判決による法の適用】裁判所は、本件羽交い絞め行為そのものは暴行罪の犯罪構成要件に該当すると認めました。その上で、本件羽交い絞め行為は教育上の必要性に基づく正当行為であり、学校教育法で認められた懲戒権の範囲内であると判断しました。その理由として重視したのは、児童が指導に従わず逃げようとする状況であったこと、羽交い締めの時間は2~3分程度で過剰な拘束ではなかったこと、児童に外傷などの被害はなかったこと、でした。

【国連・子どもの権利委員会の日本政府に対する勧告書】2010年の第3回勧告書は次のように勧告しています。「学校における体罰が明示的に禁じられていることには留意しつつ、委員会は、その禁止規定が効果的に実施されていないという報告があることに懸念を表明する。委員会は、すべての体罰を禁ずることを差し控えた東京高等裁判所(1981年)の曖昧な判決に、懸念とともに留意する。」(関連記事は≪コチラ≫です。)。この勧告書と本判決の差をどう考えるべきでしょうか。本事案は、児童を落ち着かせるための制止行為であったことが、懲戒権の範囲内にギリギリとどまった理由と考える見解もあります。